サクラ大戦のレニに愛。テキスト中心、イラスト少々。シリアスとギャグ混在ぎみ。初めての方はAbout Meへ
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謳歌絢爛20
~あなたの手に抱かれて~
~あなたの手に抱かれて~
自分が生まれてからすぐに、母は死んだ。
いつかに理由を聞いたことはあったかもしれないが、それすらももう覚えていない。それは母が憎いからではなく、どうでもいいことだからだ。それも母がどうでもいいという訳ではなく、それを知ったところで母が戻ってくることがないと、幼いながらに思っていたからだ。彼女の名前はアイカナと言ったがそれ以外は知らない。ただ母とそっくりだと父に言われていた覚えは確かに、ある。
きっと立つこともできなかった時代の自分は、格闘技しかできない父親に、不器用に抱かれていたと思う。少し力を入れることで、その命を奪い去ってしまうこともできるであろうその儚いものは、何よりも大切なもの。確かに、愛しい人と自分との最後の思い出だった。
まるで壊れ物を抱くように、あたふたしながら自分を抱いて見つめていた。自分にとって何も縁がないと思っていた、赤ん坊というものに。
はっと、思いふけっていたカンナは今の状況を捉えるためにあたりを見回した。ただ部屋で立ち尽くしていた。
何年も会ってもいない、会うこともできない両親のことについて。もう悲しみなど薄れ、よき思い出として彼女の中に描かれている父の存在、そして何も覚えていない母のこと。
ふと考えてしまうことは、たまにある。
銀座の町で平凡に暮らす民と比べると、彼女にとって両親との記憶というものが明らかに少なかった。父は幼い頃死に、母など何も思い出がない。まだ似合うことの無い軍服を着て晴れ晴れとした笑顔の若者や、モダンでオシャレなスーツを着た若い女性たちが気軽に交わすおしゃべりの種とする程度の両親との思い出すら彼女にはない。しかし思い出はなくとも、彼女には暖かい女性の手がふと自分を抱きしめていたと思い出すときがある。人生において一瞬にしかならないその接触は、実は彼女を形作っている一つなのかもしれない。そう思いながらも、彼女は見たことの無い母を夢見ていた。
「……」
カンナは悲しみに打ちふるえている。彼女が風呂場で最近劇場にやってきた少女に出会ったとき、その不健康に真っ白な肌に刻まれていたもの、それは。
「小さな子供を傷つけるなんて、…許せねぇ」
何度も叩かれた痕、ひっかかれた痕、そんな痕がいくつも刻まれていた。カンナ自身は幼い頃から厳しい修行を行ってきたが、そのような場合につく傷でないことは一目瞭然であった。明らかに憎しみを込めてつけた傷である。あんなに幼い子供に傷をつけられるのはたった2人しかいない。
彼女の父か、母。
幼く言われたことを何の疑いもなく信じてしまう子供を傷つけるのは、許されざることである。
その傷ついた身体を見た瞬間に、カンナはその細い少女の身体を抱きしめていた。少女はそれが何の意味を成しているのかを理解できずに、ただどこか遠くを見ているだけだった。自分は泣きそうなくらいに悲しくてしょうがないのに、当事者である少女にとってはなんとも無いただの日々であったのだろう。そう考えるだけでさらに悲しくなった。
「この傷、どうしたんだよ」
「……まま」
「ママ?」
「…ママが、わたしをぶつときについたの」
「……そっか」
「…どうしたの」
「…なんでもないよ、おい、はな、背中流してやるよ!」
「…うん」
今まで何も無かった表情が、一瞬驚いた表情をしてからにっこりと笑った。でもその笑顔はなぜかかたかった。レニが笑顔を取り戻した直後のときのような、そんな笑顔だった。
傷は生々しいものではなく、既に瘡蓋が剥げ傷の跡が残っている状態だったが、少女の白い肌によく映えた。カンナはその傷を優しく撫でるように背中をごしごしと洗った。
「痛くないか?」
「…うん」
「そうか、なら良かった」
「…うん」
また、慣れない笑顔をしているのだろうか。
そんなことも聞けず、それ以上、深い話もできずただ風呂場にはごしごしという背中を洗う音と二人の息をする音だけが響いていた。ゆっくりと、時間は進んでいた。少女は何もしゃべらない。
生まれた子供に、罪などない。
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