謳歌絢爛１８（SPIN-OFF）

謳歌絢爛 Spin-Off

18

～誰が為に花は微笑む～

柔らかなパフですらも、ボクの頬には鋭い針と何のかわりもなかった。舞台の神様の前で、ボクはこの状態では出ていくことはできないから、化粧の力を借りる他になかった。肌に薄く入った何本も入った赤い罅のような痕はすべて切れたものだ。大したものではないのだがこんなときに自分が白色人種だったことを恨む、別に得したことも何もないけど。

何度も白粉を重ねても、こんな傷は消えないことだって気づいてる。重ねても重ねても逆に斑が出来て、目立つだけなのにどうしても消し去りたいと思う。重ねる度に罅から僅かな痛みが走っていても、それは止めることができなかった。もっと見えなくなるように、そう思えば思うほど、その手は止められなくなった。
こんな化粧に頼ってしまうような、溺れてしまうような、こんな未来になると誰が考えたのだろう。とりあえず、あの研究所にいたときからは考えられないような事態。…それもこれも、始まりはかえでだった。


「私は…これ以上帝国華撃団に身を置き続けることはできない」
マリアは窓の外に広がる銀座の街並みを虚ろに見つめながら呟いた。
もしも紅蘭の言葉が嘘であるならば、霊力でこの帝都を防衛する帝国華撃団に身を置くことは許されないことだ。そして、帝国歌劇団にも…自分と何度も共に主役を張った神崎すみれと同じように、自分もこの立場から降りなければならない。
すみれはこの劇場を去ってから神崎重工の仕事を継いだ。彼女は劇場に居た時と同じように仕事に身を削られ毎日を生きている。
…私は？私はどうなるの？
この劇場を出て行って、ちやほやされていた役者ではもうなくなってしまうのよ。
自分の血縁もいないこの国で（母の血縁なんて顔も名前も知らない）何のために生きていけばいいのだろう。
ロシア革命が終わってアメリカに渡り、そこであやめさんと出会い日本にやってきた…そこから花小路伯爵が身元引受人となって帝国歌劇団としてこの舞台に立って…波乱万丈とはこんなことを言うのだと思う。なかなか会うことができないけれど、花小路伯爵は未だにとてもお世話になっている。賢人機関の会議へ連れていってくださって私にとても良い経験をさせてくれたりもした…賢人機関の彼にとって、華撃団でない私は一体…？
そんな何も取り得もない自分など、何も必要がないのではない…？
そう、か…私は…

もう必要のない、生きていることに理由も何も感じられない。
でも


昔とは違って、生きたいと願うのは何故？生きる理由を探すのは何故なの？
探せば、私も生きていていいの…？
……賢人機関に必要とされれば、いいの…？



「…レニ」
楽屋のドアが開かれ、自分の名前が呼ばれた。声からも、こんな状況からも、自分に声をかけるのは一人しか考えられない。…大帝国劇場副支配人、藤枝かえで。
自分の命を救った恩人、そして自分の上官、若しくは姉のような存在でもある。自分の人生においての分岐点を告げるのは、いつも彼女だった。
「…言わなければいけないことがあるの」
予想などついている。

「……ヤー、フロイライン…」
ボクは力なく答える、始めてのときと同じくドイツ語で。
ただ変わりなく鏡前の白い花はボクに向かってその色を見せつけている。


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たしか公式設定で花小路伯爵はマリアの身元引受人だった気がします。