謳歌絢爛１１

謳歌絢爛１１
～メンブランツァ～

　織姫はドレッサーの前に座って、長い髪の毛に櫛をいれている。シャワーを浴びてから、乾かして。解く度にシャンプーの薔薇の香りが鼻腔へ届く。ゆっくりとゆっくりと何度も櫛をいれた。もうすでに櫛など入れる必要のないほどに彼女の髪は規則正しく並んでいる。滞りなく、毛先まで櫛は通る。

　どうしようもない問題に直面したときほど、人は何かをしていたいものだった。急いで焦っても、何も変わらない、空しい状況に陥ったときには関係のないことをしていたい。その場から駈け出していきたい、そう思わせられる。彼女はまさにそんな状況だった。心や精神は忙殺されているが、肉体はその暇を持て余している。

　ただ彼女は髪の毛を解いている。

　彼女の机には、今まで彼女が掲載された世界各国の雑誌の記事や、台本（もちろん膨大になってしまっているため、彼女の手によって選りすぐられたものになっている）が入っているが、その中にはアルバムも入っている。写真技術がまだ優れていないころからのそれは、彼女の幼いころの写真が必然的に少なくなっている。それは仕方ないことであるが、とある数カ月間はたった三枚しか写真が残っていない。

　欧州星組隊員、ソレッタ・織姫だった時代のことである。

　一枚目は、ソレッタ家から出てきたばかりの織姫の写真である。きっと他の隊員からすれば「何も世間を知らない娘」だったと思われるような無邪気そうな笑顔を振りまく少女。

　二枚目は、イタリアン・ローズのアイゼンクライトと織姫の写った写真。たぶん最初にアイゼンクライトに搭乗したときのものだと思われる。見たこともないような大きな機械に、眼を輝かせわくわくと乗ることを楽しみにしている織姫。

　そして三枚目。かえでと５人の隊員が集合して写っている。織姫自身、かえでとレニとラチェット以外はずっと会うこともなかったため、何も覚えていない。そして、あの時代がどのようなものであったかでさえも覚えていない。

　ただレニが過去に経験したような非人道的なものでなかったことであるのは確かである。何もトラウマや嫌な記憶は残っていないから、それなりの隊員時代だったのだと織姫は思う。しかし隊員を統べるには若すぎたかえで、隊長として何もかも完璧にしようとしていたラチェット、そして何も話さないレニがいたために、織姫の中の星組の印象はシンプルに「無表情」だった。

　それでも何かと関わりがあったのか、花組で再会したレニには懐かしさを感じた。相変わらず「無表情」のレニには少し驚いたが、逆に安心もしていた。自分の過去の思い出はあまり間違っていないのだと確信できたからだ。

「レニも、変わったものですね…」

　瞳を閉じて、星組解散後のことを思い返す。

　腰のあたりまで伸びた白銀の髪に、どこか遠くの何かを見つめている青い瞳。全く陽に当たることなかったと思われる不健康に真っ白な肌。安心はしたが、今は、変わって、嬉しく、思う。

　華撃団構想での織姫の日々とは、イコールレニと過ごした日々とも言える。

「レニなら…どうするんでしょうね…」

　ドレッサーの前から立ち上がった。