謳歌絢爛６

謳歌絢爛６
～始まりの少女～

　同時刻、ロビーでモギリをしていたこの劇場の支配人大神一郎は、その仕事を終えロビーへと目を向けた。売店で働く椿も、その山場を越え椅子に座って休憩しているようだった。赤じゅうたんが敷かれ、二階への大きな階段が入口から正面に見える。このロビーには休憩する場所としてソファや腰掛けなどが置かれているが、普段開演したこの時間には誰もいない。が、今日は珍しくそこには小さなお客様がいたのだった。

「どうしたんだい、こんなところで」

「おにいちゃん、だれ…」

　この時代に珍しく朱色の上等な着物を着て、長い真っ黒の髪が肩のあたりで切りそろえられていた。前髪も眉の辺りでそろえられており、まるで日本人形のようにも見える。年は７歳か８歳くらいだろうか。

「俺はこの劇場で働いている大神一郎っていうんだ。君の名前や、お父さんやお母さんはどうしたんだい」

「はなの、お父さんとお母さん…いないの」

 

　いつも公演があった日の夜には花組の面々で楽屋に集まり、今日の反省や明日以降の予定を話し合うのだが、今日の楽屋の雰囲気はいつもと一味違った。いつもは公演のための疲れの表情が浮かんでいるが、今日の花組の表情はまるでいつもの二倍くらい公演をやったんじゃないかと思うほどに疲れきっていた。この話し合いは花組のメンバー全員が集まってから始まるのだが、今日もこの例にもれず全員が揃うのを待っており、最後は大神だった。

　そして大神が楽屋に入ってきた。その手は一人の女の子、ロビーで先ほど出会ったはなを連れていた。

「今日は…なんだかみんな疲れているみたいだね。遅れてしまってすまない、始めよう」

 

「隊長、どうしたんだいその女の子は。隊長の親戚かい」

　カンナが大神に尋ねた。カンナだけでなく花組の面々がその女の子に注目していた、レニを除いて。レニはブラウスの首元を緩め、額に濡れたタオルを置いて畳の上に横たわっていた。その息遣いは荒く険しく眉間にしわを寄せていた。

「はなって言う名前なんだ。今日ロビーで見かけた子なんだけど、この子が劇場を離れたくないと言ってね。両親も見つからないし、とりあえず今日はここで預かることにした。かえでさんに頼んでかえでさんの部屋に泊めてもらうことにした」

「ご両親は心配しているんじゃないでしょうか、どうにかして探す方法は…」

「居ないって言い張るんだ。どこから来たのかも分からないと言って…」

「もしも明日以降も見つからなかったら…どうするんですか？」

「それは…その時に考えよう。今できることをするしかないんだ…他に連絡を言ってくれ。じゃあ誰か…」

「あの、ワタシいいですか！」

　大神が誰かに連絡があるかどうかを聞くと、織姫が手を挙げて立ち上がった。

「イタリアのママが調子が悪くてワタシ…イタリアに帰ってもいいですか」

「それは、いつのつもりなの。公演はあと三日あるのよ」

「もちろんあと三日ですから、あと三日間は日本にいます！でもワタシたち花組には帝国華撃団としての仕事がありますから確認したくて…」

「最近は出撃回数も減ったからね、構わないよ。久しぶりの帰国だし、ゆっくりしてくるといいよ」

「…ありがとうございます、中尉サン…」

「大神はん！うちもええか」